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東京地方裁判所八王子支部 昭和35年(ワ)211号 判決

判  決

武蔵野市吉祥寺二八二八番地

原告

尾崎喜太郎

右訴訟代理人弁護士

国原賢徳

三鷹市牟礼四六〇番地

被告

山上博一

右訴訟代理人弁護士

藤江忠二郎

右当事者間の前記事件につき、当裁判所は、昭和三六年四月一四日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、求める裁判

原告代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録第二、第三の建物を収去して、第一の土地を明け渡し、かつ昭和三一年一一月一日以降昭和三五年五月三一日まで一ケ月金七四八円、昭和三五年六月一日以降右明渡ずみまで一ケ月金一三二〇円の各割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被告代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、事実上の陳述

請求の原因

一、原告は被告に対し、昭和二七年七月九日原告所有の別紙目録第一の土地を、普通建物所有の目的で、期間二〇年、賃料一ケ月金三一〇円、毎月二八日払と定め、地上に工作物を新築するには賃貸人の承諾を得なければならない旨の特約を付して賃貸した。

その後被告は原告の承諾の下に、昭和二七年中右地上に別紙目録第二の建物を新築し、これを所有して、住居として使用して来た。

二、ところが被告はその後原告に無断で、右地上に別紙目録第三の建物を新築、所有するに至つたので、原告は昭和三四年四月八日付その頃到着の書面でその収去を求めたが、被告はこれに応じない。

三、よつて、原告は、昭和三五年五月三一日被告に送達された本件訴状を以て右土地賃貸借契約を解除し(民法第五四一条による。)、ここに被告に対し、地上建物を収去して土地を明け渡すべきことを求めると共に、本件土地の賃料は昭和三〇年四月一日以降は一ケ月金七四八円(坪当り金八円五〇銭)に値上されていたところ、被告は昭和三一年一〇月末日までの賃料を支払つたのみでその後の支払をしないから、昭和三一年一一月一日以降右賃貸借解除の日まで右の額による賃料の支払を求め、なお本件土地の賃料は現在一ケ月坪当り金二〇円を以て相当とするので、その範囲内である一ケ月坪当り一五円(一ケ月一三二〇円となる。)の割合により、右解除の翌日たる昭和三五年六月一日以降土地明渡ずみまでの損害金の支払を求める。

答弁並びに抗弁

一、請求原因第一項は、賃貸借期間を二〇年、賃料支払期を毎月二八日と定めたことは否認し、その他は認める。第二項は認める。第三項は、本件賃借における賃料が昭和三〇年四月一日以降原告主張の額に値上されたこと、被告が昭和三一年一一月一日以降の賃料を支払つていないことは認めるが、本件土地の現在の相当賃料額は一ケ月坪当り一五円である。

二、(1)原告主張の特約は、普通建物の新築に関する限り、被告の当然有する土地使用権を制約する契約条件であるから、借地法第一一条の規定によつて、これを定めざるものとみなされるべきものである。従つて、被告が別紙目録第三の普通建物を無断新築したからとて、契約違反にも債務不履行にもならないのであつて、これがもとで原告に契約解除権を生ずるわけはない。原告の契約解除の意思表示は無効であるから、土地明渡及び損害金支払の請求は失当である。

(2) 本件賃料支払期は原告の主張と異り年払と約定されていた。そして、昭和三一年一一月一日以降昭和三五年五月三一日までの賃料については、あるいは弁済のため現実に提供したが、原告が値上を要求し、要求額でなければ受領しないといつて、受領を拒否したので、あるいは、原告が値上要求額でなければ受領しないと、あらかじめ受領を拒否したので、被告は次のとおり一ケ月坪当り八円五〇銭(前記の如く昭和三〇年四月一日以降値上となつた賃料額で、原告が本訴で請求する額。)の割合で供託したから、右賃料債務を免れた。

(イ)昭和三一年一一月から昭和三二年一二月までの分、一万四七二円を昭和三三年七月二二日供託、(ロ)昭和三三年一月から昭和三四年一二月までの分、一万七九五二円を昭和三五年五月二六日供託、(ハ)昭和三五年一月から同年六月までの分、四四八八円を昭和三五年六月八日供託。

よつて、未払賃料の支払を求める原告の請求も理由がない。

抗弁に対する原告の認否

弁済の提供及び供託に関する被告の主張事実はすべて否認する。

第三、証拠(省略)

理由

原告が被告に対し、昭和二七年七月九日原告所有の別紙目録第一の土地を、普通建物所有の目的で、地上に工作物を新築するには賃貸人の承諾を得なければならない旨の特約付で賃貸したこと、被告が昭和二七年中右地上に同目録第二の建物を新築し、これを所有して右土地を占有していること、そしてまた、その後被告が原告に無断で右地上に同目録第三の建物を新築してこれを所有するに至つたので、原告においてその主張の頃その収去を求めたけれども、被告がこれに応じないことはいずれも当事者間に争がない。原告は、本件土地賃貸借の期間を二〇年と約定したと主張するに対し、被告ははじめこれを認めたが(中略)、後にこれを否認するに至つたこと事実らん記載のとおりであるが、(中略)、本件賃貸借の期間が原告主張の如くであろうと、被告主張の如くであろうと(被告の主張が二〇年をこえる約定期間を主張する趣旨であつても、期間の定がなかつた旨(借地法第二条第一項の適用となる。)主張する趣旨であつても、)本件の解決には影響のないことであるからこの点については判断をしない。

原告は、被告が右第三の建物を新築所有したことが前記特約による債務不履行であるとして、本件賃貸借の解除を主張するので、まず右特約の効力について判断する。

借地法は、借地権設定契約において、当事者は土地の用法に関し、地上に所有する建物の種類、構造(いわゆる堅固建物であるから普通建物であるかの別)を定め得るが、これを定めないときは普通建物所有のためであるとみなした上、かようにして定まつた土地の用法すなわち借地権の目的に応じて、借地権の存続期間を法定し(約定期間を法認するものを含む。)、これと異る定にして借地権者に不利なものは、これを定めないものとみなしている(第二条、第三条、第一一条)。これによつて見るに、借地権者は当該借地権の法定存続期間内は、いやしくもその借地権の目的とされた種類、構造の建物を所有するためである以上は、土地使用権を有し(この関係では、借地権は特定の種類、構造の建物のためのものであつて、特定の建物のためのものではなく、ただ借地法第二条第一項但書の場合に結果においては特定建物のためのものとして終るということもできよう。)この借地権者に確保された権利の範囲内に立ち入る土地所有者の一切の容かいは許されないのである。土地所有者に借地権者が建物を築造するのに対しての容かいを許したかに見える借地法第七条の規定も、実は、その違反が右のような借地権者の本来の権利に影響をもたらすことになる意味での容かい権を認めたものではないのである。すなわち、同条は、借地権存続中に建物が滅失したという異例の場合に、特に借地権者を保護するために、借地権者が同条所定の建物を築造するのに対し遅滞なく異議が述べられなかつたならば、本来ならば当初定まつた存続期間によるべき借地権の期間を伸長(法定更新)するという特典を借地権者に与えたものであつて、この場合の土地所有者の異議は借地期間が更新されることに対する反対の意思表示として更新を阻止する効力はもつが、建物の築造を禁止する効力はもたず、従つてまた、異議に反して同条所定の建物が建てられたとて、それを理由として、残存期間内地上に建物を建築所有し得るという、借地権者が本来もつている権利を左右することはできない。異議が述べられれば、特典が与えられないことにはなるが、少くとも残存期間内借地権の目的たる種類、構造の建物を借地上に建築所有し得るという本来の権利にはなんのかわりもないのである。

要するに、借地権者は当初定まつた借地権存続期間内は地上に借地権の目的たる種類、構造の建物を建築、所有するの権利を有するのであつて、原告主張の特約なるものは、本件賃貸借の目的が前記の如く普通建物の所有である以上、普通建物の新築所有に関する限り無効というべきであるから、被告が別紙目録第三の建物(それが普通建物であることは、原告の主張自体によつて明白である。)を無断新築、所有したからとて契約違反にも債務不履行にもならないものというべく、原告主張の解除は効力を生ずるに由ないものである。よつて解除の有効なることを前提とする建物収去、土地明渡並びに損害金支払の請求は失当として棄却すべきものとする。

次に賃料支払請求の当否について判断する。本件賃貸借における賃料が昭和三〇年四月一日以降一ケ月金七四八円(坪当り金八円五〇銭)に値上されており、被告が昭和三一年一一月一日以降昭和三五年五月三一日までの賃料を支払つていないことは被告の認めるところであるが、(中略)を合せ考えると、本件賃貸借において、賃料支払期は、契約書の上では各月二八日払となつていてもいわゆる口頭で年払と約定されていたのであり、しかも厳格に年末払でなくいわば相当期間内に支払うことを許容されていたのであるが、従来賃料を持参した際に原告は既往にさかのぼつて増額支払を要求し、被告はやむなくこれに応じ、持参した金を要求どおりの増額賃料の支払にあてたがため年の中途までの半ばな支払となるというようなことも再三であつたところ、昭和三一年一一月分から昭和三二年一二月までの分につき被告が従来の賃料額である一ケ月金七四八円の割により弁済のため現実に提供したのに対し、原告はかねてから要求していた増額を求め、その額によるのでない限り受領を拒絶したので(原告が、昭和三一年一一月分以降の賃料が右の額を超える額に有効に値上されていたことを主張するものでないことは、一ケ月金七四八円を当時の賃料全額として請求していることその他その主張に徴して明白である。)被告はその主張二、(2)(イ)の如く弁済のため供託したのであり、そしてまた、右の経過から弁済提供をしたとてとうてい原告に受領の意思がないことが明確であつたので、提供をなさずして同(ロ)、(ハ)の如く弁済のため供託した事実が認められる(本件訴訟の推移によれば、右(ハ)の供託前である昭和三五年五月三一日被告に対し訴状が送達せられ、その訴状には昭和三四年四月一日以降訴状送達の日まで、賃貸当時の賃料額たる一ケ月金三一〇円の割合による賃料の支払を求める旨が記載されていたところ、右の供託がなされた後に賃料支払請求の部分を「請求の原因」三に記載してあるように改めたことが認められるが、昭和三四年四月一日より四年前にすでに一ケ月金七四八円に賃料値上がなされたことが当事者間争なく、その他前記認定の諸般の事情のもとで、なぜか右のように旧賃料額による賃料の支払を求める旨記載した訴状が(ハ)の供託前に被告の送達されたからとて、これによつて原告が被告に対し、右の供託分のうち、本訴で請求している昭和三五年一月から五月までの賃料について、一ケ月金七四八円の割合で支払受領の意思を表明したものとなし得ないことはいうまでもない。)

右の如くであつて、被告のなした右適法有効な供託によつて、被告は原告の請求する賃料債務を免れたものというべく、原告のこの部分の請求も棄却を免れない。

よつて、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決する。

東京地方裁判所八王子支部

裁判官 古 原 勇 雄

(目録省略)

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